「ARDSといえば低容量換気とステロイド」——と一言で片づけたくなりますが、この2年でどちらも景色が変わりました。駆動圧を下げにいくRCTは期待どおりにならず、ステロイドは“誰に効くのか”がむしろ争点になっている。
今回は総説を読むシリーズとして、2024〜2026年の総説・試験を横断し、何がわかっていて、何がまだわかっていないのかを整理します。
この記事でわかること
- ARDSの定義が広がったこと(global definition 2024)とその副作用
- 駆動圧:観察研究は美しく、RCTは伸び悩む——STAMINAの読み方
- ステロイド:DEXA-ARDS / CAPE-COD、そして“推奨がエビデンスを追い越す”問題
0前提:ARDSの定義が変わった
2024年のglobal definitionで、ARDSの枠は挿管されていない患者(HFNC・NIV)にも広がりました。SpO2/FiO2の使用や、資源制約下の診断も許容され、早期に拾いやすくなったのは利点です。
ただし副作用があります。重症度も炎症の強さも治療反応性も、以前より不均一な集団になった。これが本記事の通奏低音です——「ARDSに効く」と言うとき、どのARDSの話なのかが常に問題になります。
1駆動圧(driving pressure)
理屈
駆動圧 ΔP=プラトー圧 − PEEP。式を変形すると ΔP=一回換気量 ÷ 呼吸器系コンプライアンス です。つまりΔPは、「その人に残っている“使える肺”の大きさで規格化した一回換気量」を意味します。
ARDSでは含気のある肺が縮む(baby lung)。同じ6mL/kgでも、使える肺が小さい人ほど過伸展が起きる。それを一つの数字で捉えられるのがΔPの魅力です。
3,500例超のRCTを再解析し、死亡と最も強く結びつく換気パラメータはΔPだったと報告。一回換気量やPEEPの変化も、ΔPが下がる形で効いた時にだけ生存と関連していた。目安としてΔP <15 cmH₂Oがよく引用されます。
実験:STAMINA(BJA 2025)
では「ΔPを下げにいく」戦略は勝てるのか。市中肺炎による中等症〜重症ARDSで、最良コンプライアンスでPEEPを設定+一回換気量調整する群と、ARDSNetのlow PEEP表に従う群を比較したのがSTAMINAです。
目標500例に対し、登録不振(recruitment fatigue)で214例で中止、198例を解析。28日間の人工呼吸器離脱日数は6日 vs 7日(比例オッズ比0.72、95%CI 0.39–1.32、P=0.28)で、副次評価項目にも差はありませんでした。
この試験を「駆動圧は無意味だった」と読むのは誤りです。理由は2つ。
① 検出力不足——予定の半分以下で中止。“効果がないという証拠”ではなく“証拠がない”状態。
② 群間の分離がほとんどない——3日目までのΔPの差はわずか −0.7 cmH₂O。介入群と対照群でΔPがほぼ同じなら、差が出ないのは当然です。
4つのRCT(計465例)のメタ解析でも、死亡・人工呼吸器離脱日数に差はなく、ICU在室日数がやや短い程度でした。現時点では「ΔPを目標に置く戦略が優れる」とは言えない——ただしΔPが高いこと自体は依然として悪い予後のマーカー、という二段構えで理解します。
2ステロイド
もう一つの主役。こちらは「効く/効かない」ではなく、誰に・いつ・どの薬を・どれだけが争点です。
効いた試験たち
デキサメタゾン20mg/日×5日 → 10mg/日×5日。中等症〜重症のARDSで、原因を問わず死亡を減らし、人工呼吸器離脱日数を増やした。現在「ARDSにステロイド」と言うときの代表的レジメンです。
重症CAPにヒドロコルチゾンで死亡が減少(NEJM 2023)。参加者の多くは陽圧換気やHFNCを受けており、実質的にARDSの基準を満たす患者が相当数含まれていたと考えられます。APROCCHSSのCAP関連敗血症性ショックのサブ解析でも、ヒドロコルチゾン+フルドロコルチゾンが支持されました。
ここから見えてくるのは、「非ウイルス性・感染関連のARDS、とくに重症肺炎」がステロイドの得意分野らしい、という像です。
タイミング:遅れて始めない
古典的なLaSRSでは、発症14日を超えてから開始した群で死亡が高かった。ATSの推奨も「開始は発症14日以内に限る」としています。線維増殖期に入ってから慌てて始めるのは、益より害。やるなら早期、やらないなら最後までやらない——中途半端な後出しが一番よくありません。
総説の指摘:推奨がエビデンスを追い越している
2025〜2026年の総説が突きつけるのは、この問題です。SCCMの2024年focused updateはARDSへのステロイドを条件付きで推奨していますが、薬剤・用量・期間は指定していません。一方で個々の試験のレジメンはバラバラ(デキサメタゾン高用量、ヒドロコルチゾン、メチルプレドニゾロン1mg/kg…)。
どの薬を?(分子間の直接比較はほぼない)どの用量で?(高用量デキサ vs 低用量メチルプレド)どのフェノタイプに?(hyperinflammatory / hypoinflammatory のサブタイプで反応が違う可能性)。
さらに、非挿管のARDS——global definitionで新たに含まれた層——への外挿は不確かです。ATSは「COVIDや重症CAPのようにステロイドが効くと分かっている原因なら、非挿管でも投与」とする一方、それ以外の原因では不明としています。
3結局どう運用するか
- まず土台を外さない一回換気量6mL/kg(予測体重)とプラトー圧≦30の低容量換気。ここが最も確実なエビデンス。重症なら腹臥位を早期に検討。
- ΔPは“目標”ではなく“アラーム”として見る毎日ΔP=プラトー圧−PEEPを計算する。15を超えるなら、一回換気量・PEEP設定・肺の状態を見直す契機に。ただしΔPを下げること自体を目的化しない。
- PEEPは表で始めて、患者で微調整PEEP/FiO2表を上回る戦略は確立していない。表を出発点に、コンプライアンス・酸素化・血行動態を見て調整する。
- ステロイドは“早期・中等症以上・感染関連”で考える中等症〜重症ARDSならデキサメタゾン(DEXA-ARDSレジメン)、重症CAPならヒドロコルチゾン。発症14日を超えていれば新規開始しない。
- 投与したら副作用を追う血糖、二次感染、ICU-acquired weakness。免疫不全・結核流行地域では特に慎重に。source controlが済んでいることも前提。
この2テーマは、「生理学的に正しそう」と「臨床試験で勝つ」は別物という教訓の宝庫です。駆動圧は理屈が美しいのにRCTでは伸び悩み、ステロイドは効くのに“誰に効くか”が定まらない。
陰性試験を見たら、まず「本当に群間に差がついたか(分離)」と「検出力は足りたか」を確認する。この2つを確認する癖があるだけで、論文の読み方は大きく変わります。
=まとめ:一段落で言うと
Take home
低容量換気と腹臥位という土台は動かない。その上で、駆動圧は“予後マーカーとして見る”が“目標に据える戦略”はまだ勝っていない(STAMINAは検出力不足かつ群間差わずか0.7 cmH₂O)。
ステロイドは早期・中等症以上・感染関連なら支持されるが、薬剤・用量・フェノタイプは未解決で、発症14日を超えた開始は避ける。定義が広がった今、「ARDSに効く」ではなく「どのARDSに効く」で考える——これが2026年の読み方です。
参考文献
- Amato MBP, et al. Driving Pressure and Survival in ARDS. NEJM 2015;372:747.
- Maia IS, et al. Driving pressure-limiting strategy in ARDS due to CAP(STAMINA). Br J Anaesth 2025;134:1054.
- Cheng J, et al. Driving pressure-limited vs conventional lung protective ventilation: systematic review and meta-analysis. Crit Care 2025;29.
- Villar J, et al. Dexamethasone in ARDS(DEXA-ARDS). Lancet Respir Med 2020;8:267.
- Dequin PF, et al. Hydrocortisone in Severe Community-Acquired Pneumonia(CAPE-COD). NEJM 2023;388:1931.
- Heming N, et al. APROCCHSS subgroup analysis(CAP-related septic shock). Lancet Respir Med 2024;12:366.
- Chaudhuri D, et al. 2024 Focused Update: Corticosteroids in Sepsis, ARDS, and CAP. Crit Care Med 2024;52:e219.
- Nguyen TL, et al. Corticosteroids in non-viral ARDS: recommendations outpace evidence. Pneumonia 2025;17.
- Grasselli G, et al. ESICM guidelines / ARDS global definition 2024.
