発熱と意識障害で来た。髄膜刺激徴候ははっきりしない。ここまでは多くの人が「髄液を採ってアシクロビル」までたどり着く。この記事が扱うのは、その先である。
本記事は2026年5月にLancetに掲載された脳炎のSeminar(Binks SNMら、オックスフォード大学とメイヨークリニックほか)を軸に、日本の単純ヘルペス脳炎診療ガイドライン2017と添付文書を突き合わせて読む。同誌の前回の脳炎総説は2019年の「Acute encephalitis in immunocompetent adults」なので、7年ぶりの全面改訂にあたる。
この7年でいちばん変わったのは、脳炎が感染性と自己免疫性を並行して考えないと診断が完成しない領域になったことだ。感染性脳炎の発症率は過去20年ほぼ横ばいだが、自己免疫性脳炎の診断は病原性自己抗体の発見によって激増し、高所得国では感染性脳炎と少なくとも同じ頻度に達している。
この記事でわかること
- 脳症と脳炎をどこで分けるか、そして発症の速さだけで鑑別がかなり絞れること(自己免疫性は感染性ほど急激ではない)
- 脳炎を疑ったときの動く順番と、腰椎穿刺の前にCTを撮る3つの条件
- 感染性脳炎の主要5ウイルスの見分けどころ(日本脳炎の国内発生状況を含む)
- 自己免疫性脳炎を、年齢・性別・発症の速さで当てにいく方法
- 髄液が正常でもMRIが正常でも脳炎を否定できない、その理由が病態ごとに逆であること
- アシクロビルの用量が、Lancet・日本のガイドライン・添付文書で食い違っていること
- HSV脳炎を治した1〜2ヵ月後に自己免疫性脳炎として戻ってくることがある
- 逆方向の問題として、自己免疫性脳炎の過剰診断が名指しされていること
1まず脳症と脳炎を分ける
Seminarは冒頭で、救急・神経内科・小児科・精神科の現場で繰り返し問われる2つの問いを挙げている。「これは脳炎か」、そして「どの脳炎か」。この記事もその順で進める。
脳症は数日かけてびまん性の脳機能障害を示す。昏睡や失見当識を伴うが、局所病変を示す神経徴候は出ない。そして原因が特定できることが多い。毒物、代謝性(肝不全・腎不全、Wernicke-Korsakoff症候群)、全身性感染症、高血圧、脳低酸素。MRIと髄液の一般検査は通常正常で、EEGはびまん性徐波を示す。
脳炎は経過の速さこそ似ているが、発熱、新規発症のけいれん、局所欠損(失語、片麻痺、脳幹徴候)、髄液細胞増多、MRI高信号の組み合わせで現れる。
図1:発症の速さで並べると、鑑別がかなり絞れる
この表のいちばんの使いどころ
発症が1〜3日なら感染性脳炎、3〜7日ならNMDAR/MOG抗体脳炎、数週ならLGI1/CASPR2抗体脳炎、数ヵ月ならGAD65抗体関連脳炎。つまり「いつから変ですか」を家族に聞くことが、そのまま鑑別を絞る作業になっている。忙しい初療のなかで、この1問の費用対効果はかなり高い。
ここは順番を取り違えやすい。Seminarは「大半の自己免疫性脳炎は、感染性脳炎ほど急激には発症しない」と明記しており、NMDAR抗体脳炎については具体的に「3〜7日の経過で」と書いている。自己免疫性のほうが速い、という向きではない。
脳炎のmimicは脳症だけではない
急速進行性認知症のカテゴリに入るものが鑑別に並ぶ。脳血管炎、炎症性脳アミロイド血管症、非けいれん性発作、そしてNORSE(新規発症難治性てんかん重積状態)。いずれも治療可能なものを含んでおり、脳炎と区別することがそのまま治療の分岐になる。
数字で見る脳炎
| 世界の年間発症数 | 50万〜150万人。年間およそ10万人が死亡している |
| 疾病負荷の順位 | 2021年、5歳未満では神経疾患による健康損失の第4位。全年齢では13位 |
| WHOの位置づけ | 「増大する世界的な脅威」であり「緊急の公衆衛生上の課題」 |
| HSV脳炎の治療効果 | 適時のアシクロビル投与で死亡率が約70%から約20%へ低下する(p=0.03) |
| 自己免疫性脳炎の有病率 | 10万人あたり約10人。新規自己抗体の発見が続いており、さらに上昇する見込み |
2疑ったら、どの順で動くか
Seminarは初期対応を1枚の図にまとめている。要点は、腰椎穿刺を遅らせないことと、アシクロビルはそれを待たなくてよいことの2つに集約される。
図2:急性脳炎を疑ったときの初期対応
腰椎穿刺が遅れることを、Seminarは名指しで問題にしている
遅れる理由として挙げられているのは、処置後頭痛への懸念と、まれな脳ヘルニアへの恐れである。しかし実際には局所麻酔のみで、熟練者なら約15分、処置後の安静も最小限で済む。細い鈍針を使えば処置後頭痛は5%未満にとどまる。そして禁忌の迅速な除外が抗菌薬開始を早め、死亡率を下げることが示されている。
アシクロビルはCTも髄液も待たなくてよい
CT待ちで髄液採取が遅れる場合、あるいは鎮静が必要なほど興奮している患者では、アシクロビルを経験的に先行投与してよいと明記されている。HSV脳炎で最大の効果が得られるのは発症24〜48時間以内なので、ここで待つ理由はほとんどない。
髄液の余剰保存は、日本のERで決まっているか
図の中で見落とされやすいのが「髄液を余分に確保する」の一行である。滅菌スクリューキャップのポリプロピレン管に2〜5 mL、少なくとも−20℃。自己抗体や追加のPCRを後から出すための実務的な指示だが、自己抗体の結果が返るまで数週かかることを考えると、初回の穿刺で確保できているかどうかが後の診断速度を決めてしまう。「余った髄液をどうするか」が決まっている施設は、そう多くない。
3感染性脳炎の5つを見分ける
Seminarは世界的に比重の大きい5病原体に絞って整理している。地域と季節で頻度は大きく変わるが、それぞれに固有の表現型がある。
感染性脳炎の主要5ウイルス
| 病原体 | 特徴と落とし穴 |
|---|---|
| HSV-1 | 高所得国の散発性脳炎の主因。年齢は二峰性で30歳未満と60歳超。高齢者や免疫抑制患者では頭痛も発熱もなく、意識障害だけで非特異的に発症しうる。アシクロビルで死亡率は下がるが、生存者の約70%に長期の後遺症が残る |
| VZV | 血管症を起こし虚血性・出血性脳卒中につながる。水疱疹を伴うことがある。画像で前頭・側頭葉の浮腫を示しHSV-1と紛らわしい。髄液PCRの感度は不十分で、髄液VZV特異的IgGのほうが感度が高い。ただし早期は陰性になりうる |
| WNV(西ナイル) | 北米で最多の蚊媒介性脳炎。神経侵襲性疾患は1%未満で、主に65歳超と免疫抑制者。急性の非対称性の弛緩性麻痺が特徴。髄液白血球は50/µLを超えることが多い。低ナトリウム血症・急性腎不全・リンパ球減少を伴う。確定は髄液WNV特異的IgM |
| JEV(日本脳炎) | アジアの流行性脳炎の最大の原因で、年間約25,000人が死亡。潜伏期5〜15日。視床と基底核への神経向性が強く、パーキンソニズムから舞踏病・アテトーゼまでの運動異常を来す。かつては小児中心だったが、小児ワクチン接種が定着した地域では成人が増えている |
| エンテロウイルス | エンテロウイルス、とくにEV-A71は小児脳炎の主要な原因の一つで、東アジア・東南アジアで目立つ。EV-A71は重症の、ときに致死的な脳幹脳炎を起こしうる。EV-D68は急性弛緩性麻痺と関連する |
日本脳炎は「子どもの病気」ではなくなっている
Seminarの「小児ワクチン接種が定着した地域では成人が増える」という記述は、日本にそのまま当てはまる。国立健康危機管理研究機構の集計によれば、2021年第1週から2024年第52週までに届出られた日本脳炎は23例で、そのうち60代以上が83%(19/23)を占めた。20〜30代は13%(3/23)にとどまる。報告があったのは関東以西の11県で、熊本県5例、茨城県3例が多かった。退院していた2例はいずれも後遺症を残している。
日本脳炎とNMDAR抗体脳炎はつながっている
JEVは深部灰白質に病変を作るため運動異常を来すが、この動きはNMDAR抗体脳炎で見られるものと似ることがある。そしてSeminarは、日本脳炎の後にNMDAR抗体脳炎が起こりうることにも触れている。感染性と自己免疫性は別々の箱ではない、という本記事の通奏低音がここにも出てくる。
4自己免疫性脳炎を年齢と性別と速さで当てる
自己抗体の結果が返るには数週かかる。だから臨床像で当てにいく必要がある、というのがSeminarの立場である。そして実際、年齢・性別・発症の速さの3つで、主要な抗体はかなり絞れる。
図3:主要な自己抗体を、年齢と性別と速さで当てる
LGI1 ―成人でいちばん多い
成人発症の自己免疫性脳炎で最多で、年間およそ100万人に2人。発症年齢の中央値は64歳、男女比は2対1。数週かけて焦点発作が増えていき、最悪期には1時間に数回起きることもある。
顔面上肢ジストニア発作(FBDS)は病態特異的
1〜3秒の短い姿勢発作で、同側の顔と腕に出る。患者は「ビクッとする」「痙攣する」と表現し、物を落としたり転倒したりする。この所見はLGI1抗体脳炎に特異的とされている。数週の経過でFBDSや他の焦点発作が増えたあと、高度の前向性・逆行性健忘に失見当識と行動変化が加わる。内側側頭葉の腫脹がMRIで見えない例が50%あり、アルツハイマー病と間違われる。ただし多くの認知症は年単位で進み、発作をあまり伴わない。腫瘍の合併は5%未満。そして50%に血清低ナトリウム血症があり、非特異的ではあるが早期の手がかりになる。
CASPR2 ―LGI1に似るが、もっと男性に偏る
LGI1と共通点が多いが、男女比は8対1と極端で、60歳超の男性が中心。発作は少なく、睡眠障害・自律神経障害・小脳症状が目立つ。50%で末梢神経の過剰興奮や神経障害性疼痛を伴う。Morvan症候群と診断される患者では、胸腺腫を除外する必要がある。
NMDAR ―精神科に先に着く
小児と若年成人で最多。約30%に卵巣奇形腫を伴い、これが女性優位(3対1)の一因になっている。奇形腫の中には胚中心様の構造とNMDAR抗体を産生しうるB細胞があり、早期の腫瘍摘出で臨床的な改善が得られる理由だと考えられている。
一次性精神疾患との分かれ目は「速さ」
成人は数日のうちに、感情・精神病性・行動・睡眠にまたがる多彩な精神症状を出す。そのため最初に精神科医療につながることが多い。しかし数日以内にほぼ全例が認知障害・けいれん・複雑な運動異常(ジストニア、舞踏病、常同運動、緊張病)を発症する。この急速な進行が一次性精神疾患との鑑別点になる、とSeminarは書いている。小児では精神症状はそれほど派手ではなく、急速に進行する脳症に発作と運動異常が加わる形をとる。
ICUで問題になるのは自律神経障害
さらに数日で、意識レベルの低下や中枢性低換気により集中治療を要することが多い。そして約30%に多臓器の自律神経障害が生じ、致死的な不整脈を起こしうる。死亡率は5〜10%と一貫して報告されている。この経過を先に知って監視体制を組むことが、死亡率を下げる方向に働く。なおこれだけ重症でも、MRIは通常正常である。
MOG ―小児に多く、MRIが物を言う
小児の自己免疫性脳炎ではNMDARに次いで多く、成人にも起こる。短い経過のせん妄・局所欠損・けいれんで発症し、髄膜脳炎の形をとって頭痛と項部硬直を伴うことがある。他と違ってMRIは通常異常で、しかも特徴的である。皮質・皮質下の腫脹に、実質と髄膜の造影増強を伴う。視神経炎や横断性脊髄炎を同時に、あるいは既往として持つことがある。腫瘍はまれで、髄液には白血球があり開放圧が高い。
GAD65 ―せん妄がないのが特徴
若年成人女性に多く、全身性の自己免疫疾患を併存していることが多い。数ヵ月にわたる頻回の焦点発作に、軽度の記憶障害と気分の変化を伴うが、失見当識やせん妄は目立たない。髄液もMRIも正常のことが多い。
抗体価の桁が違う
GAD65抗体は1型糖尿病の患者や健常者でも検出されるが、神経学的な関連を主張するには非常に高い抗体価が必要である。「陽性だった」だけでは意味を持たない代表例といえる。なお免疫療法の効果は、他のサブタイプに比べて乏しいとされている。
抗体が見つからない群と、薬剤で起きる群
自己免疫性脳炎の約10〜20%は既知の自己抗体を持たない(血清陰性自己免疫性脳炎)。またがん治療の文脈では、免疫チェックポイント阻害薬やCAR-T細胞療法の免疫関連有害事象として自己免疫性脳炎が起こりうる。この場合は、原疾患の治療を進める必要と、神経症状の悪化・再発のリスクとを天秤にかけることになる。
5「陰性の意味」が病態ごとに逆転する
ここが実務でいちばん効く部分だと思う。4つの一次検査(血液・髄液・画像・EEG)は、いずれも偽陽性と偽陰性を出す。しかも同じ「正常」という結果が、感染性と自己免疫性で逆の意味を持つ。
検査ごとの「陰性の意味」
| 検査 | 読み方 |
|---|---|
| 髄液細胞数 | 5/µL超で脳炎の症候群診断がつくことが多い。ただし感染性脳炎の約20%は細胞増多を欠く。早期に採取した例、高齢者、免疫抑制患者で起こりやすい。自己免疫性では、細胞増多が見えるのはNMDARやMOGなど一部にとどまる |
| MRI | 正常なMRIは感染性脳炎をほぼ除外できる。一方でLGI1・CASPR2・NMDARでは50%超が正常であり、これが過小診断を招いているとSeminarは指摘している。腫脹が海馬・扁桃体を越える、あるいは拡散制限や造影増強を伴う場合は、自己免疫性より感染性を示唆する |
| CT | そもそもCTが必要になるのは少数例のみで、目的は腰椎穿刺を可能にすることにある。診断に寄与するのはごく一部で、HSV-1脳炎の前頭側頭葉の出血と脳浮腫が代表例で、自己免疫性ではほとんど役に立たない |
| EEG | 治療可能な無症候性の発作を除外するために有用。加えてMRIが正常な自己免疫性脳炎では、局所性またはびまん性の徐波が診断を支持する。自己免疫性脳炎では20〜60%が正常、感染性脳炎では50〜90%が異常。HSV-1では側頭葉の周期性一側性てんかん型放電(PLEDs)が見られることがある |
| 血液 | 通常は正常で、代謝異常や敗血症といった全身性の脳症の原因を除外するのに役立つ。例外がLGI1に伴う低ナトリウム血症。自己抗体は、可能なかぎり血清と髄液の両方で提出する |
自己抗体は血清と髄液の両方で出す
髄液の自己抗体は特異度が非常に高い。一方でサブタイプによっては血清のほうが感度が高く、LGI1抗体脳炎がその代表である。どちらか一方だけでは取りこぼす、というのがSeminarの立場になっている。ここで図2の「髄液を余分に確保する」が効いてくる。
日本で引っかかる2点
ひとつは検査そのものの入手性である。確定診断にはcell-based assay(CBA)法による抗体の証明が必要だが、東京都立神経病院の医療関係者向けページには抗NMDA受容体抗体について「現在は保険外検査になりますが商業ベースで可能です」と記載されている(ページの更新時期までは確認できていない)。商業ラボでは髄液0.3 mL、CBA法、所要3〜9日で受託されている。保険上の扱いは施設や時期で変わりうるので、いざというときに慌てないよう、自施設の検査部に事前に確認しておくのが現実的だろう。
もうひとつが髄液HSV-PCRである。単純ヘルペス脳炎診療ガイドライン2017には「保険収載はreal-time PCR法を用い1回のみ」と書かれている。Seminarは、パネルが陰性でも臨床的な疑いが強ければモノプレックスPCRのほうが感度が高いとして再検を勧めているが、日本では算定の壁がある。
6アシクロビルの用量が三者三様である
この記事でいちばん驚いたのがここだった。HSV脳炎に対するアシクロビルの用法・用量が、Lancet Seminar、日本のガイドライン、日本の添付文書で一致していない。
成人のアシクロビル ―3つの文書を並べる
| 出典 | 用量 | 期間 |
|---|---|---|
| Lancet Seminar 2026 | 10 mg/kg 1日3回 | 最低14日(重症例や懸念が続く例では21日) |
| 単純ヘルペス脳炎診療ガイドライン2017 | 10 mg/kg/回 8時間毎 | 14〜21日間(15歳以上の免疫正常例) |
| アシクロビル点滴静注 添付文書 | 5 mg/kg 1日3回 | 7日間。脳炎・髄膜炎では延長・増量が可能で、上限は1回10 mg/kg |
ガイドラインの推奨量が、添付文書では「上限」に置かれている
Lancet Seminarと日本のガイドラインは10 mg/kg・14日以上で一致している。ところが添付文書の標準用法は5 mg/kgを7日間であり、10 mg/kgは「脳炎・髄膜炎では増量できる」という条件付きの上限として書かれている。添付文書の書きぶりのまま開始すると、国際標準およびわが国のガイドラインの半量・半分の期間になる。この構図を知らずに「添付文書どおり」で走ると、治療として足りない。
小児は逆で、上限がガイドライン用量と一致する
添付文書の小児の上限は1回20 mg/kgで、これはガイドラインの3ヵ月〜15歳「20 mg/kg/回を8時間毎」と一致する。新生児から2ヵ月では「20 mg/kg/回を12時間毎」。なお15歳未満では1回投与量が1,000 mgを超えないこととされている。成人だけが、ガイドライン用量=添付文書の上限という位置関係になっている。腎機能低下時はクレアチニンクリアランスに応じた減量・間隔延長が必要で、クリアランス10 mL/min/1.73m²以下では標準用量の50%を24時間毎とする。
ステロイド併用は、書きぶりが少し違う
Seminarは「アシクロビルとデキサメタゾンは安全に併用できるが、臨床的な利益は最小限」としている。一方、日本のガイドライン2017は「副腎皮質ステロイド薬の短期併用を考慮」と書き、併用群のほうが予後が良好だったという報告を根拠に挙げている。同じ論点でトーンが違うので、どちらを採るにせよ、根拠が薄いことは意識しておきたい。
免疫療法のエビデンスは、思ったより薄い
自己免疫性脳炎では免疫療法の早期投与が一貫して良好な転帰と関連する。ただしSeminarは、その根拠の薄さも正直に書いている。
完了したRCTは1本しかない
免疫グロブリン大量静注療法(IVIg)のプラセボ対照試験で、LGI1・CASPR2抗体脳炎の発作抑制と認知改善に、小さいが統計学的に有意な利益が示された(p=0.044、オッズ比10.5、95%信頼区間1.1〜98.9)。信頼区間の下限が1.1で上限が98.9という数字が、この領域のエビデンスの現在地をよく表している。残りは後ろ向き観察研究と専門家コンセンサスに依っている。
サブタイプで反応が違う
| LGI1 | 多くが一次治療(ステロイド、血漿交換、IVIg、またはその組み合わせ)で数週以内に発作が止まり、認知とQOLが改善する |
| NMDAR | 約50%が一次治療に反応不十分で、リツキシマブ・シクロホスファミド・オファツムマブといった二次治療の追加が、障害・死亡・再発とステロイドの副作用を減らす |
| GAD65 | 免疫療法の効果は乏しいとされている |
抗発作薬をいつまで続けるか
自己免疫性脳炎の後にてんかんが残るのは一般に10%未満で、長期の抗発作薬は通常不要とされている。一方、感染性脳炎の後はてんかんが多く、抗発作薬が有益である。「脳炎の後だから一生抗てんかん薬」ではなく、感染性か自己免疫性かで出口が変わる。
7治した2ヵ月後に、もう一度来る
アシクロビルで治療したHSV-1脳炎の後、自己免疫性脳炎が続発することがある。NMDAR抗体脳炎に最もよく似た像をとり、このとき髄液からHSV-1 DNAは検出されない。
Seminarは発症時期を典型的には6〜12週後とし、小児・思春期のHSV-1脳炎の約25%で起こる(成人では頻度が下がる)としている。日本の単純ヘルペス脳炎診療ガイドライン2017にも同じ現象の記載があり、そちらでは発症から中央値39日(12〜51日)で、ウイルスが陰性化しているにもかかわらず脳炎症状が再燃したと書かれている。抗NMDA受容体抗体が5例で検出され、ステロイド、免疫グロブリン大量静注療法、血漿交換といった免疫療法が奏効している。
外来で拾う話として
「HSV脳炎を治療して退院した患者が、1〜2ヵ月後に精神症状や運動異常で戻ってきた」。ここでウイルスの再燃を疑ってアシクロビルを再開しても当たらない。必要なのは抗ウイルス薬ではなく免疫療法である。日本のガイドラインが中央値39日、Seminarが6〜12週としているので、退院後2ヵ月ほどはこの可能性を頭の隅に置いておきたい。
8逆方向の問題 ―過剰診断
Seminarは、見逃しと同じくらいの紙幅を過剰診断に割いている。自己免疫性脳炎という診断が、橋本脳症、小児の連鎖球菌感染に関連する自己免疫性神経精神障害(PANDAS)、亜急性の神経発達・退行症候群などと混同されている、という指摘である。
自己免疫性脳炎として非典型的な訴え
孤立した精神症状、brain fog、主観的な失見当識は、自己免疫性脳炎の現れ方としては非常に非典型的だと明記されている。原因として挙げられているのは、質の低い自己抗体検査である。天然の立体構造をとらない抗原を使った検査、血清か髄液のどちらか一方だけで判断すること、健常者や各種の疾患対照群でも一定率で陽性になる低特異度の抗体、そして髄液やMRIの客観的な炎症所見を欠いたまま診断されること。
Seminarの推奨は明快で、臨床像・画像・髄液所見が自己免疫性脳炎として厳密に整合していることを求めよ、というものである。抗体が陽性であるというだけでは診断にならない。ここは前の節(見逃さないために髄液を採り、血清と髄液の両方で抗体を出す)と一見矛盾するようだが、要は「検査を出す閾値は下げ、結果を採用する閾値は下げない」ということだと読める。
ワクチンについて一行
Seminarは、ワクチンが新規の神経自己免疫疾患と関連するという証拠はないことを明示している。むしろワクチン接種率の低下は麻疹脳炎と亜急性硬化性全脳炎の増加につながっており、日本脳炎やダニ媒介性脳炎のワクチン接種プログラムは疾病負荷を明確に減らしている。
9やりがちな失敗
感染性脳炎の約20%は細胞増多を欠く。早期に採取した例、高齢者、免疫抑制患者で起こりやすい。細胞数が正常でも、臨床像が合うなら降りない。
LGI1・CASPR2・NMDARでは50%超が正常。感染性脳炎とは「正常」の意味が逆になる。Seminarはこれが過小診断の主因だと書いている。
高齢者や免疫抑制患者では、意識障害だけで非特異的に発症しうる。年齢分布が二峰性で60歳超に山があることも合わせて覚えておきたい。
数日以内にほぼ全例がけいれん・認知障害・運動異常を出す。この速さが鑑別点になる。約30%に自律神経障害があり致死的不整脈を起こしうるので、経過を追える体制で見る。
CT待ちや鎮静が必要な例では、アシクロビルを先行してよいと明記されている。最大の効果は発症24〜48時間以内。
Lancet SeminarもわがGL2017も10 mg/kgを14日以上としている。添付文書では10 mg/kgが「上限」の位置にあるため、標準用法のまま走ると半量・半分の期間になる。
臨床・画像・髄液の厳密な整合を求める、というのがSeminarの立場。過剰診断は名指しされた問題であり、孤立した精神症状やbrain fogは非典型的。
自己免疫性脳炎後のてんかん化は10%未満で長期投与は通常不要。感染性脳炎後は多いので有益。原因によって出口が変わる。
10早見表とTake home
| 領域 | 押さえること |
|---|---|
| 脳症と脳炎の分岐 | 局所徴候・発熱・けいれん・髄液細胞増多・MRI高信号があれば脳炎側。脳症はEEGでびまん性徐波を示し、原因が特定できることが多い |
| 動く順番 | CT適応の除外 → 緊急腰椎穿刺(髄液は2〜5 mLを−20℃で余剰保存)→ 直後にアシクロビル+細菌カバー考慮 → MRI → EEG |
| 腰椎穿刺前にCTを撮る条件 | 局所神経欠損/GCS 10未満(著明な意識障害)/頭蓋内圧亢進の徴候(乳頭浮腫、異常姿勢) |
| 発症の速さで絞る | 1〜3日なら感染性、3〜7日ならNMDAR/MOG、数週ならLGI1/CASPR2、数ヵ月ならGAD65。自己免疫性は感染性ほど急激ではない |
| 感染性の5つ | HSV-1(高所得国で最多、高齢者は非特異的)/VZV(血管症と脳卒中、髄液IgGのほうが感度良)/WNV(急性弛緩性麻痺)/JEV(視床・基底核、運動異常)/エンテロ(EV-A71は脳幹) |
| 日本脳炎の国内発生 | 2021〜2024年の届出23例のうち60代以上が83%(19/23)。関東以西の11県、熊本5例・茨城3例 |
| 自己免疫の5つ | LGI1(64歳・FBDS・低Na 50%〔非特異的〕・MRI正常50%)/CASPR2(男性8:1・Morvanなら胸腺腫)/NMDAR(若年女性・精神症状先行・数日で進行・自律神経障害30%・MRI正常)/MOG(小児・MRI異常が特徴的)/GAD65(数ヵ月・せん妄なし・高抗体価が必要) |
| 検査の非対称性 | MRI正常は感染性をほぼ除外するが、自己免疫性は50%超が正常。髄液細胞増多を欠く感染性脳炎が約20% |
| アシクロビル | Seminarは10 mg/kgを1日3回・最低14日(重症例や懸念が続く例では21日)。日本のGL2017は10 mg/kg/回を8時間毎・14〜21日間。添付文書の標準用法は5 mg/kg・7日間で、10 mg/kgは「上限」の位置 |
| 免疫療法 | 完了RCTはIVIgの1本のみで、LGI1・CASPR2抗体脳炎における小さいが有意な利益(p=0.044、OR 10.5、95%CI 1.1〜98.9)。LGI1は一次治療で改善、NMDARは約50%が二次治療を要する |
| 続発する自己免疫性脳炎 | HSV-1脳炎の後、Seminarは6〜12週、日本のGL2017は中央値39日(12〜51日)。免疫療法が奏効する |
Take home
- 脳炎はいま、感染性と自己免疫性を並行して考える病態である。高所得国では自己免疫性脳炎は感染性脳炎と少なくとも同じくらい多い
- 「いつから変か」を聞くことが、そのまま鑑別を絞る作業になる。1〜3日なら感染性、3〜7日ならNMDAR/MOG、数週ならLGI1/CASPR2、数ヵ月ならGAD65。自己免疫性は感染性ほど急激ではない
- 髄液がきれい、MRIが正常。この2つで脳炎は否定できない。しかも「正常」の意味が感染性と自己免疫性で逆転する
- アシクロビルはCTも髄液も待たずに始めてよい。適時投与で死亡率は約70%から約20%になる
- 成人では、ガイドラインの推奨量(10 mg/kg・14〜21日)が添付文書では「上限」の位置にある。標準用法のまま走ると半量・半分の期間になる
- HSV脳炎を治した1〜2ヵ月後に、自己免疫性脳炎として戻ってくることがある。このとき必要なのは抗ウイルス薬ではなく免疫療法である
- 検査を出す閾値は下げ、結果を採用する閾値は下げない。自己免疫性脳炎の過剰診断は、Seminarが見逃しと同じ重さで扱っている問題である
「意識がおかしい」は主訴ではなく、まだ問いの形をしていない観察である。それを脳症と脳炎に分け、脳炎をさらに分けていく作業に、この総説は1枚ずつ道具を配っている。
参考文献
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