中毒の教科書には、原因物質ごとに解毒薬が並んでいる。だが、たとえばジギタリス中毒の切り札である抗ジゴキシン抗体(Fab)を当直帯に探しに行くと、院内にない。どころか、日本に承認されていない。逆にシアン中毒のように、教科書の薬(ヒドロキソコバラミン=シアノキット)が日本にもきちんとある領域もある。どの解毒薬が手元にあり、どれがないのか。それを先に知っておく話である。
この記事(第3回)の芯
教科書にある解毒薬が、日本の院内にあるとは限らない。ないと分かってから代替を探すのでは遅い。
37本目でクラリスロマイシン静注が日本になくACCESS試験を再現できない、という話を書いたが、中毒領域では同じ構図が解毒薬ごとに起きている。
この記事でわかること
- 原因物質から引ける拮抗薬の早見表(拮抗薬・日本での可否・主要な用量)
- 国内未承認の解毒薬(ジゴキシンFab、静注用亜硝酸ナトリウム、点滴用エタノールなど)
- 「薬はあるが中毒には適応外」の解毒薬(脂肪乳剤、グルカゴン、大量ビタミンB₆、鉄のデフェロキサミンなど)
- ナロキソンの用量は添付文書が例示する少量で止めず、呼吸が戻るまで滴定すること
- フルマゼニルの禁忌が2つだけで、三環系併用は禁忌ではないこと
- 心血管の主役がHIETで、グルカゴンは日本では適応外であること
- 脂肪乳剤の確立した適応がLASTだけであること
- 血液浄化が効くのが限られた物質だけであること
1拮抗薬早見表 ― 原因物質から引く
中毒診療で解毒薬が要る場面は多くない。だが要るときは、原因物質から一手で引けるかどうかで動きが変わる。日本で「使えるか(○適応あり/△薬はあるが適応外/×国内未承認)」と主要な用量を、原因物質から並べた。用量は各製剤の添付文書を基準にし、適応外・未承認のものは用量の出どころ(学会推奨・文献)を欄内に記した。
| 原因物質 | 拮抗薬 | 日本 | 主要な用量 |
|---|---|---|---|
| 中枢・鎮静系 | |||
| オピオイド | ナロキソン | ○ 適応あり | 0.2 mg静注、2〜3分ごとに反復、以後適宜増減(呼吸が戻るまで滴定) |
| ベンゾジアゼピン | フルマゼニル | ○ 適応あり | 初回0.2 mg→0.1 mg/分で反復、総量1 mg(ICU 2 mg) |
| 解熱鎮痛・アルコール類 | |||
| アセトアミノフェン | アセチルシステイン(内服のみ) | ○ 適応あり | 経口:初回140 mg/kg→70 mg/kgを4時間ごと×17回。静注製剤は国内になし |
| メタノール・エチレングリコール | ホメピゾール | ○ 適応あり | 初回15 mg/kg→10 mg/kgを12時間ごと×4回→以後15 mg/kg |
| メタノール・エチレングリコール | 点滴用エタノール | × 未承認 | 国内製剤なし(ホメピゾールがあり実害は小さい) |
| 農薬・殺虫剤 | |||
| 有機リン | アトロピン | ○ 適応あり | 重症は2〜4 mg静注、気道分泌が乾くまで反復(アトロピン化) |
| 有機リン | プラリドキシム(PAM) | ○ 適応あり | 1 gを緩徐に静注、以後適宜。早いほどよい |
| シアン | |||
| シアン | ヒドロキソコバラミン(シアノキット) | ○ 適応あり | 5 gを15分で点滴、必要なら追加し総量10 g |
| シアン | チオ硫酸ナトリウム(デトキソール) | ○ 適応あり | 12.5〜25 g静注(緩徐。シアノキットと同時混注しない) |
| シアン | 亜硝酸アミル(吸入) | ○ 適応あり | 0.25 mLアンプルを吸入 |
| シアン | 静注用亜硝酸ナトリウム | × 未承認 | 市販製剤なし(院内調製) |
| メトヘモグロビン | |||
| メトヘモグロビン血症 | メチレンブルー | ○ 適応あり | 1〜2 mg/kgを5分で静注、1時間で改善なければ反復(累積最大7 mg/kg) |
| 重金属 | |||
| ヒ素・水銀・鉛など | ジメルカプロール(BAL) | ○ 適応あり | 2.5 mg/kg筋注、初日6時間ごと(鉄・カドミウムには禁忌) |
| 鉄 | デフェロキサミン(デスフェラール) | △ 適応外 | 重症1,000 mgを15 mg/kg/時で点滴、1日80 mg/kgまで。効能はヘモクロマトーシスで急性鉄中毒は明記なし |
| 鉛 | エデト酸カルシウムニナトリウム(ブライアン) | ○ 適応あり | 1 g点滴を1日2回×5日 |
| 鉛・銅 | ペニシラミン(メタルカプターゼ) | ○ 適応あり | 1日1,000 mgを空腹時分割経口 |
| タリウム | 不溶性プルシアンブルー(ラディオガルダーゼ) | ○ 適応あり | 3 gを1日3回経口 |
| フッ化水素 | |||
| フッ化水素酸 | グルコン酸カルシウム | △ 適応外 | 2.5%ゲル局所/局所注射・動注/全身低Caに静注。Ca製剤はあるがHF熱傷は適応外(用量は文献) |
| フッ化水素酸 | グルコン酸カルシウムゼリー | × 未承認 | 国内未承認(院内調製で代用) |
| その他 | |||
| イソニアジド | ピリドキシン(ビタミンB6) | △ 適応外 | 摂取量と等g(不明なら5 g)静注。B6製剤はあるが解毒用高用量は適応外 |
| ギンナン | 大量ビタミンB6 | △ 適応外 | 適応外 |
| 局所麻酔薬(LAST) | 脂肪乳剤(イントラリポス) | △ 適応外 | 20% 1.5 mL/kgボーラス→0.25 mL/kg/分。適応は栄養補給のみで用量は学会推奨 |
| ジギタリス | 抗ジゴキシン抗体(Fab) | × 未承認 | 国内未承認(支持療法が中心) |
| 一酸化炭素 | 酸素 | ○ 適応あり | 100%酸素、重症は高圧酸素を考慮 |
| 抗凝固薬 | |||
| ワルファリン | ビタミンK | ○ 適応あり | 10 mg静注、または20〜50 mgを分割経口 |
| ワルファリンの重篤出血 | 4因子含有PCC(ケイセントラ) | ○ 適応あり | PT-INR基準で25〜50 IU/kg(3 IU/kg/分以下) |
| ヘパリン | プロタミン | ○ 適応あり | ヘパリン100単位あたり1〜1.5 mg(1回50 mgまで) |
| ヘビ毒 | |||
| マムシ | マムシ抗毒素 | ○ 適応あり | 初回6,000単位、不十分なら追加(要ウマ血清過敏試験) |
| ハブ | ハブ抗毒素 | ○ 適応あり | 添付文書に従う |
| ヤマカガシ | ヤマカガシ抗毒素 | × 未承認 | 研究用のみ(承認製剤なし) |
○=日本で適応あり/△=薬はあるが中毒には適応外(用量は学会推奨・文献)/×=国内未承認。教科書にある=院内にある、ではない。
この表の使い方
当直で解毒薬が要ると思ったら、まずこの表で「日本で使えるか」を確認する。△(適応外)は「使えるが、適応・用量が添付文書にない」もの。投与時は施設のプロトコルと中毒110番を併用する。
×(未承認)は、来る前に代替を決めておく。ジギタリス中毒でFabがないなら、マグネシウムと対症的な抗不整脈で支えて時間を稼ぐ。シアン中毒で静注用亜硝酸ナトリウムがないなら、ヒドロキソコバラミン(シアノキット、日本にある)に寄せる。「ないと分かってから代替を探す」のでは遅い。
2ナロキソン ― 日本の添付文書は、桁が違う
第1回で滴定の哲学を書いた。ここでは日本の添付文書と国際的な用量を並べる。
| 国際(Hüser 2025) | 0.05〜0.1 mg を2分ごと、2 mg まで。心停止直前は 0.2〜0.4 mg。表では 0.4〜2 mg ボーラス、2〜3分ごと反復、最大10 mg |
| 日本の添付文書 | 1回 0.2 mg を静注、2〜3分間隔で追加、以後適宜増減。効能・効果は「麻薬による呼吸抑制ならびに覚醒遅延の改善」 |
「添付文書は0.6 mgまで」は誤解
添付文書に「総量0.6 mgまで」という上限の規定はない。0.2 mg を初回+2回追加した合計が0.6 mgというだけで、その先は「適宜増減」である。つまり添付文書が例示する量が小さいのであって、上限が0.6 mgなのではない。
とはいえ、添付文書が想定する少量(0.6 mg程度)と、国際の最大 10 mg では桁が違う。これは「日本が遅れている」のではなく、想定している場面が違う。添付文書は術後や麻薬使用中の呼吸抑制を想定しており、救急外来のオピオイド過量(特に徐放製剤やフェンタニル類縁体)は別物である。
この差を知っていると、追加投与をためらう理由が変わる。添付文書が例示する少量で止めるのではなく、「呼吸が戻るまで滴定する」に立てる。
3フルマゼニル ― 禁忌の中身が違う
多くの人が「三環系抗うつ薬の併用は禁忌」と覚えていると思う。私もそうだった。日本の添付文書を読むと、禁忌は2項目しかない。
- 本剤およびベンゾジアゼピン系薬剤に対し過敏症の既往歴のある患者
- 長期間ベンゾジアゼピン系薬剤を投与されているてんかん患者[痙攣が生ずることがある]
三環系については、禁忌ではなく注意喚起として書かれている。
日本の添付文書(三環系の項)
自殺企図等故意にベンゾジアゼピン系薬剤を過量服薬した患者で、同時に三(四)環系抗うつ剤を服用している場合は、ベンゾジアゼピン系薬剤の作用低下に伴い三(四)環系抗うつ剤の中毒作用が増強するため、このような患者には特に注意して投与すること。
図1:フルマゼニル ― 3つの資料の温度差
3つを重ねると、実務の結論はこうなる
飲んだ薬がベンゾ単剤とはっきりしていて、痙攣・不整脈のリスクがなく、挿管を避けたい場面でのみ使う。それ以外では使わない。
国際的な総説(Hüser 2025)とAHA 2023がそろって慎重なのは、痙攣・不整脈を誘発するリスクがあるからである。
用量は日本の添付文書が具体的で、初回 0.2 mg 緩徐静注、4分以内に望まれる覚醒がなければ 0.1 mg 追加、以後1分間隔で 0.1 mg ずつ、総量 1 mg まで(ICU領域では 2 mg まで)。
4心血管の解毒薬 ― HIET・グルカゴン・NaHCO₃
第1回で用量と使い方を書いたので、ここではAHA 2023の格付けと日本の事情に絞る。
図2:心血管の解毒薬 ― AHA 2023の格付けと日本の適応
要点だけ。NaHCO₃、HIET、カルシウム、VA-ECMOは、薬・機器としては日本にある。問題は2つで、グルカゴンは中毒の適応がなく(低血糖と検査前処置のみ)、抗ジゴキシン抗体(DigiFab)は国内未承認である。
HIETは「効き始めまで15〜30分」だから疑った時点で始める(第1回)。グルカゴンはBB中毒で使えるが、必要量が大きく在庫の壁があり、そのうえ日本では適応外という二重の壁がある。だからBB中毒でも、実務の中心はHIETになる。
5脂肪乳剤 ― 確立した適応はLASTだけ
第1回で書いたとおり、AHA 2023の格付けは物質ごとに割れている。
| 局所麻酔薬中毒(LAST) | COR 1 |
| Naチャネル遮断薬の難治例 | COR 2b |
| β遮断薬 | COR 3: No Benefit |
| Ca拮抗薬のルーチン | COR 3: No Benefit |
そして日本の脂肪乳剤(イントラリポス)の適応は栄養補給のみで、中毒の記載はない。つまりLASTに使うのも適応外使用である。
確立した適応はLASTだけ
AHAの格付けで確立(COR 1)なのはLASTのみで、それ以外はCOR 2b〜3にとどまる。「脂溶性だからILE」で最終手段を先に使わない、が結論である。
用量(LAST):20%製剤 1.5 mL/kg(最大100 mL)を2〜3分でボーラス、続けて 0.25 mL/kg/min を15〜20分、累積上限 10〜12.5 mL/kg。ECMO回路の目詰まりを起こすので、ECMO併用時は特に慎重に。
6血液浄化 ― 効くのは限られた物質だけ
「毒を洗い流す」イメージが先行するが、血液浄化が効く物質は限られている。分子量が小さく、蛋白結合率が低く、分布容積が小さい物質でないと抜けない。
EXTRIP(Extracorporeal Treatments in Poisoning)ワークグループが、物質別に体系的な勧告を出している(現在22物質)。
| 透析が明確に有用 | メタノール、エチレングリコール、リチウム、サリチル酸、メトホルミン、バルプロ酸、テオフィリン、カルバマゼピンなど |
| 蛋白結合率が高く不向き | ベンゾジアゼピン、三環系 |
間欠的血液透析が第一選択
最も広く使え、安価で、効率が良い。血行動態が不安定でも、それが透析可能な毒物によるものなら、透析はむしろ禁忌ではなく適応になる(原因を直接除けるから)。
アルブミン透析、血漿交換、血液吸着(CytoSorb)は、従来の透析で抜けない高蛋白結合の物質に提案されているが、間欠的透析に対する明確な優位は示されておらず、コストと合併症が高い。
活性炭の反復投与(MDAC)も「抜く」方向に効く
活性炭の反復投与は、腸肝循環・腸管循環する物質(フェノバルビタール、カルバマゼピン、テオフィリン等)で「体内から抜く」方向にも効く。これは第5回(排泄促進)で詳しく扱う。
7やりがちな失敗
| 1 アセトアミノフェンのノモグラムを4時間より前の採血で判定する | ノモグラムは4時間値が基準。早い採血で「低いから大丈夫」としない。8時間以内ならNACの効果は高いので、濃度を待つ間に迷わず始めてよい。 |
| 2 有機リンでアトロピンを心拍数で滴定する | 指標は気道分泌(ラ音・唾液)の乾燥であって心拍数ではない。足りなければ倍量で反復する。PAMは早いほどよく、遅らせない。 |
| 3 ナロキソンを完全覚醒まで戻す | 狙いは呼吸で、完全覚醒ではない。戻しすぎると離脱・興奮・肺水腫。徐放オピオイドやフェンタニル類縁体では再び呼吸抑制が来るので、持続静注や観察の延長を考える。 |
| 4 フルマゼニルをルーチンで使う | ベンゾ単剤・低リスクとはっきりした場面に限る。混合過量(特に三環系)や痙攣既往では使わない。 |
| 5 HIETを「昇圧薬が効かなくなってから」始める | 効果発現に15〜30分かかる。疑った時点で並走を始める。グルカゴンはBB中毒でも日本は適応外+在庫の壁があり、主役はHIET。 |
| 6 シアンで静注用亜硝酸ナトリウムを探し続ける | 静注用は国内にない。ヒドロキソコバラミン(シアノキット)5 gが即戦力になる。 |
| 7 「脂溶性だからILE」で最終手段を先に使う | 確立した適応はLASTだけ。BB・CCBはCOR 3で、日本では適応外。 |
| 8 血液浄化を「とりあえず回す」 | 効くのは低分子・低蛋白結合・低分布容積の物質だけ。ベンゾ・三環系は抜けない。回す前にEXTRIPで物質を確認する。 |
| 9 意識障害を中毒だけのせいにする | 低血糖・頭部外傷・感染・代謝異常の併存を、一度は必ず考える。 |
8Take home
Take home
- 拮抗薬は原因物質から一手で引く。まず「日本で使えるか(○適応あり/△適応外/×未承認)」を確認する
- 教科書にある解毒薬が院内にあるとは限らない。ジゴキシンFab・静注用亜硝酸ナトリウム・点滴用エタノールは国内未承認。未承認の薬は代替を先に決めておく
- △(適応外)は薬はあるが用量が添付文書にない。脂肪乳剤・グルカゴン・大量ビタミンB₆・鉄のデフェロキサミンなど。施設プロトコルと中毒110番を併用する
- ナロキソンの添付文書に「0.6 mg上限」の規定はない。例示が少量なだけで、呼吸が戻るまで滴定する
- フルマゼニルの禁忌は2つだけ。ただし使うのはベンゾ単剤・低リスクの場面に限る
- 心血管の主役はHIET(BB・CCBでCOR 1)。グルカゴンは日本では適応外
- 脂肪乳剤の確立した適応はLASTだけ。血液浄化が効くのは低分子・低蛋白結合・低分布容積の物質だけ(EXTRIPで確認)
これで中毒シリーズの総論①②③がそろった。①でABCDEと蘇生を、②で診断を、③で解毒薬と日本の壁を扱った。第4回からは各論に入る。まずtoxidromeで、バイタルと瞳孔と皮膚から当たりをつける話を書く。
参考文献
- Hüser C, Bethlehem C, Dünser MW, et al. Critical care management of the patient with pharmaceutical poisoning. Intensive Care Med. 2025;51(12):2378-2391. PMID: 41222651.
- Lavonas EJ, Akpunonu PD, Arens AM, et al. 2023 American Heart Association Focused Update on the Management of Patients With Cardiac Arrest or Life-Threatening Toxicity Due to Poisoning. Circulation. 2023;148(16):e149-e184. PMID: 37721023.
- EXTRIP Workgroup. Recommendations. https://www.extrip-workgroup.org
- 医薬品医療機器総合機構(PMDA). 医療用医薬品 情報検索(各解毒薬の承認情報・電子添文).
- アネキセート注射液0.5mg 電子添文.
- ナロキソン塩酸塩静注0.2mg「AFP」電子添文.
- シアノキット注射用5gセット 電子添文.
- ホメピゾール点滴静注1.5g「タケダ」電子添文.
- メチレンブルー静注50mg「第一三共」電子添文.
- グルカゴンGノボ注射用1mg 電子添文.
- イントラリポス輸液10%/20% 電子添文.
急性薬物中毒シリーズ
- 急性薬物中毒①初期対応
- 急性薬物中毒②診断
- 急性薬物中毒③拮抗薬、治療薬(この記事)
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