セマグルチド(オゼンピック/ウゴービ)やチルゼパチド(マンジャロ)に代表されるGLP-1受容体作動薬(厳密に言えば後者は異なるが)は、糖尿病・肥満の治療を一変させ、心血管・腎の保護まで示して患者数が急増している。そして悪き風習により不要すぎる人間に届き、届ける不届きものもいる。救急医・内視鏡医がこの薬と「出会う」のは、たいてい2つの場面だ。ひとつは内視鏡や全身麻酔の前――胃排出が遅れて、絶食したのに胃に内容が残る。もうひとつはERで出会う有害事象――胆石・胆嚢炎、膵酵素上昇、脱水。この記事はその2つに絞る。
この記事の芯
絶食したのに胃が空かない――GLP-1使用者は残胃内容が明らかに多い。ただし「残胃内容が増える」ことと「実際に誤嚥が増える」ことは分けて考える(残胃内容は確実に増えるが、誤嚥イベントの増加は大規模データでは明確でない)。
対応は「一律中止」から「個別化」へ動いた。鍵は症状での層別化・清澄液前処置・胃エコー(POCUS)。
この記事でわかること
- GLP-1は胃排出を遅らせる。絶食しても残胃内容が残りやすい(内視鏡RCTで継続25% vs 休薬3%)
- 「残胃内容が増える」と「誤嚥が増える」は別。誤嚥イベントの増加は大規模データで明確でない
- 休薬は「一律中止」から「個別化」へ(ASA 2023 → 2024マルチソサエティ)
- ASA 2023の目安:毎日投与は処置当日スキップ、週1回投与は1週間前に中止
- 高リスク(導入・増量期/消化器症状/高用量)は清澄液への切替やPOCUSで判断
- ERの有害事象:胆石・胆嚢炎(約1.4倍)、膵酵素上昇(臨床膵炎の明確な増加は不明)、脱水→AKI、低血糖は他剤併用時のみ
- 日本の麻酔・内視鏡学会の公式な周術期休薬声明は(本調査時点で)確認できず。実務は個別判断
1なぜ今これを知るか ― 患者が増えている
GLP-1(および GLP-1/GIP)作動薬は、血糖・体重に加えて心血管イベントと腎不全進行を減らす(LEADER・SUSTAIN-6・SELECT・SOUL など)。だから糖尿病・肥満で使う人が急増し、救急でも「その薬を打っている患者」に日常的に出会う。
作用機序の一つが胃排出の遅延。これが処置前に問題になる「残胃内容」の正体であり、同時に悪心・satietyといった消化器作用の源でもある。救急・内視鏡が出会うのは主に2場面――処置前の胃内容(s2〜4)と、ERで出会う有害事象(s5)。
2内視鏡・全麻の前 ― 胃が空かない
GLP-1使用者は、標準的な絶食をしても胃に食物残渣が残りやすい。
絶食しても残る(RCTの数字)
JAMA Intern Med 2026のRCTでは、上部内視鏡で臨床的に有意な残胃内容が継続群25% vs 休薬群3.1%。通常食+上部内視鏡単独だと継続46.7% vs 休薬5%と差はさらに大きい。
一方、清澄液(clear liquid)で前処置した群は両群とも有意な残胃なし。「何を食べて来たか・前処置」が効く。
症状は手がかりになる。悪心・嘔吐・腹満・腹痛などの消化器症状は、残胃内容が多いことの予測因子。逆に無症状・維持用量なら低リスク。
3休薬はどうする ― 一律中止から個別化へ
休薬の考え方は、この数年で「一律中止」から「個別化」へ動いた。
図1:休薬の考え方(ASA 2023 → 2024マルチソサエティ)
| 項目 | ASA 2023(休薬の目安) | 2024マルチソサエティ(個別化) |
|---|---|---|
| 毎日投与 | 処置・手術の当日はスキップ | 無症状・維持用量なら継続も可 |
| 週1回投与 | 処置・手術の1週間前に中止 | 一律中止はむしろ避ける |
| 考え方 | 胃排出遅延を根拠に「休薬」 | 症状で層別化+清澄液前処置+POCUSで個別化 |
ASA 2023コンセンサスは、毎日投与なら当日スキップ、週1回投与なら1週間前に中止、という目安を示した(根拠は胃排出遅延だが、当時のエビデンスは症例報告中心と自認)。2024のマルチソサエティ・ガイダンス(ASA・AGA・ASMBS・IASOP・SAGES)は、全例一律の中止はむしろ避け(血糖コントロールを崩すため)、症状で層別化する方向へ舵を切った。
図2:処置前のリスク層別化と対応
| 層 | 特徴と対応 | 判定 |
|---|---|---|
| 高リスク | 導入・増量期/消化器症状あり/高用量/胃排出を遅らせる併存(Parkinson等) 清澄液24hへ切替+必要時POCUS。強い症状は待機的処置を延期 |
要注意 |
| 低リスク | 無症状・維持用量・標準用量 通常どおり(過度に止めない) |
通常 |
落としどころは、無症状・維持用量なら通常どおり/高リスクは清澄液前処置+必要ならPOCUS/強い消化器症状があれば待機的処置は延期を検討。AGA rapid update 2023も、無症状で通常絶食を守れていれば休薬せず施行可、としている。
4「残胃内容」と「誤嚥」は分けて考える
ここが最も誤解されやすい。
図3:「残胃内容」と「誤嚥」は別物
| 項目 | いま分かっていること | 判定 |
|---|---|---|
| 残胃内容 | GLP-1使用者は明らかに増える(内視鏡RCTで継続25% vs 休薬3%) | 増える |
| 誤嚥イベント | 大規模データで増加は明確でない(待機手術 RR 1.00/内視鏡 RR 1.10) | 不明確 |
| 実務 | リスクを下げる(清澄液・症状評価・必要時POCUS)+full stomach precaution | こうする |
残胃内容は確実に増える(研究によりRR 2.9〜15)。だが実際の誤嚥イベントは、大規模データで増加が明確でない(待機手術 RR 1.00、内視鏡 RR 1.10)。つまり「胃に残りやすい」=「誤嚥する」ではない。
過度な一律中止も、無警戒もダメ
怖がって糖尿病治療のGLP-1を一律に止めるのも、逆に無警戒で深鎮静に突っ込むのも、どちらも違う。残胃内容リスクを下げたうえで(清澄液・症状評価・必要時POCUS)、full stomach precautionで臨むのが現実的。
5ERで出会う有害事象
処置以外でも、GLP-1使用者はERで有害事象として現れる。
図4:ERで出会うGLP-1の有害事象
| 有害事象 | 要点 | ERでの一手 |
|---|---|---|
| 胆石・胆嚢炎 | 胆道・胆嚢疾患が約1.4倍(RR 1.37)。減量目的・高用量・長期で増 | 右上腹部痛で胆嚢を想起する |
| 膵炎 | 膵酵素(リパーゼ/アミラーゼ)は上がるが、臨床的急性膵炎の明確な増加は示されていない | 酵素上昇だけで短絡しない |
| 脱水 → AKI | 悪心・嘔吐・下痢で体液喪失 → 腎前性AKI(FDAも腎障害を注意喚起) | 補液・電解質・腎機能を確認 |
| 低血糖 | 血糖依存性に効くので単独では起こしにくい | インスリン・SU薬の併用を確認 |
とくに右上腹部痛+GLP-1使用では胆嚢(胆石・胆嚢炎)を想起。膵酵素の上昇は起こりやすいが、それだけで臨床膵炎と短絡しない。悪心・嘔吐・下痢が強ければ脱水と腎前性AKIを評価し補液する。低血糖は基本的にインスリン・SU薬の併用時の問題。
6日本の状況
日本の麻酔・内視鏡学会による「周術期GLP-1休薬」の公式声明は、本調査時点では確認できなかった(存在しないと断定はできない)。実務は施設ごとの個別判断になっている。
関連して、PMDA・厚労省は「GLP-1/GIP作動薬の適正使用のお知らせ」(美容・ダイエット目的の適応外使用への注意喚起)を出しているが、これは周術期の指針ではない。当面は国際ガイダンス(ASA・マルチソサエティ)を土台に、症状評価+清澄液前処置+必要時POCUSで運用するのが現実的。
7やりがちな失敗とTake home
| 1 「絶食したから大丈夫」と深鎮静に突っ込む | GLP-1使用者は残胃内容が残る。症状評価・清澄液前処置・必要時POCUS。 |
| 2 怖がって糖尿病のGLP-1を一律に中止 | 一律中止はむしろ避ける(血糖が崩れる)。個別化。 |
| 3 残胃内容が増える=誤嚥する、と思い込む | 誤嚥イベント増加は大規模データで不明確。分けて考える。 |
| 4 右上腹部痛でGLP-1使用者の胆嚢を見落とす | 胆石・胆嚢炎は約1.4倍。想起する。 |
| 5 膵酵素が上がっていて短絡的に「膵炎」 | 酵素上昇はあるが臨床膵炎の明確な増加は不明。総合判断。 |
| 6 GLP-1単独で低血糖を心配しすぎ | 単独では起こしにくい。併用薬を確認。 |
Take home
- GLP-1は胃排出を遅らせ、絶食しても残胃内容が残る(内視鏡RCTで継続25% vs 休薬3%)
- 「残胃内容が増える」と「誤嚥が増える」は別。過度な一律中止も無警戒もダメ
- 休薬は個別化:ASA目安(毎日=当日、週1=1週前)を土台に、症状・清澄液前処置・POCUSで判断
- ERの有害事象:胆石胆嚢炎(約1.4倍)、膵酵素↑(臨床膵炎は不明)、脱水→AKI、低血糖は併用時
- 日本の公式休薬声明は確認できず。国際ガイダンス+個別判断で
参考文献
- Rosen CJ, Ingelfinger JR. GLP-1 Receptor Agonists. N Engl J Med. 2026;394:1313-1324.
- American Society of Anesthesiologists. Consensus-Based Guidance on Preoperative Management of Patients on GLP-1 Receptor Agonists. 2023.
- Multisociety(ASA, AGA, ASMBS, IASOP, SAGES)clinical practice guidance on GLP-1 receptor agonists in the periprocedural period. 2024.
- Hashash JG, et al. AGA Rapid Clinical Practice Update: GLP-1 Receptor Agonists before Endoscopy. Clin Gastroenterol Hepatol. 2023.
- 残胃内容RCT(JAMA Intern Med. 2026)/誤嚥イベントのレビュー(J Endocr Soc. 2025)/胆道リスクのメタ解析(JAMA Intern Med. 2022;182:513-519).
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