消化管除染は、長く「とりあえずやる」で運用されてきた。だがこの10年で国際的な立ち位置は大きく変わった。胃洗浄はルーチンから外れ、活性炭は「1時間以内」という縛りを外し、血液浄化は「効く物質はごく一部」に整理された。この回は、除染(胃洗浄・活性炭・全腸洗浄)と排泄促進(尿アルカリ化・血液浄化)を、「何に効いて何に効かないか」で並べ直す。そして日本には、胃洗浄とDHP(直接血液灌流)という2つの温度差がある。
この記事(第5回)の芯
活性炭は「1時間ルール」を捨てた。個別リスク評価で6時間を目安に、状況次第でそれ以降も。
胃洗浄はもう第一選択でなく、血液浄化が効くのは限られた物質だけ。日本には、胃洗浄の多用とDHPの広い使用という温度差がある。
この記事でわかること
- 活性炭の「1時間以内」ルールが個別リスク評価に置き換わったこと(CTRC 2026)
- 活性炭に吸着されない代表(鉄・リチウム・金属・アルコール・メトホルミン)
- 反復投与活性炭(MDAC)が効くのは8薬物だけであること
- 尿アルカリ化はサリチル酸が第一の適応で、低カリウム血症が最大の落とし穴
- 血液浄化が効く物質と、効かない代表(ジゴキシン・三環系)
- 物質別に「何が効くか」を引ける早見表
- 胃洗浄とDHPをめぐる、日本と国際の温度差
1胃洗浄・吐根 ― もう第一選択ではない
AACT/EAPCCT(2013改訂)は、「胃洗浄はルーチンには行わない(if at all)」とした。吐根シロップは家庭でも院内でも中毒管理には使わない、として事実上撤退している。
胃洗浄を考えうる稀な状況(致死量を、ごく早期に、気道が守れる条件で)でも、まず活性炭と支持療法を優先し、訓練された者が行う。石油製品・強酸強アルカリは禁忌。
日本の温度差 ①:胃洗浄
日本中毒学会の「消化管除染」は、胃洗浄と活性炭を同程度の適応とし実施は医師の裁量とする。そのうえで「わが国での習慣的多用(経口中毒例の90%超)については是正されるべき」と明言している。
国際が「非ルーチン」、日本も学会が「9割超の多用は是正を」と言っている。“やらない勇気”は、日本の学会の言葉でも裏づけられる。
2活性炭 ― 「1時間ルール」は終わった
この回のいちばんのニュース。CTRC 2026は「摂取1時間以内」という縛りを外し、個別リスク評価に置き換えた。
図1:活性炭の投与時間 ― 1時間ルールの終わり
CTRC 2026(訳)
「活性炭を推奨する摂取後の最大時間は毒物・製剤ごとに異なる。個別のリスク評価に基づけば、多くの毒物で摂取後6時間まで活性炭は適切である。」
「吸収が続いていると疑われる場合(薬石=pharmacobezoar形成、一部の徐放性製剤、溶解度の限界を超える大量服用など)は、6時間を超えても投与しうる。」
用量は、単回=成人50 g、小児1 g/kg(成人量まで)。活性炭が効く対象は広く、CTRC 2026は43カテゴリを評価している。
図2:活性炭に吸着される物質/されない物質
覚えるべきは「吸着されない」側。鉄・リチウム・鉛などの金属、アルコール類(エタノール・メタノール・エチレングリコール)、メトホルミンは吸着されない。加えて強酸強アルカリ・炭化水素は誤嚥リスクで避ける。誤嚥が最大の合併症で、気道が守れない・穿孔リスク・イレウスでは行わない。
日本では
薬用炭(末)は複数社にあり、添付文書の効能に「薬物中毒における吸着及び解毒」と明記=適応内。ただし欧米標準のプレパック懸濁液(ソルビトール配合など)は国内に定番がなく、実務は末を用時懸濁して経口・経管で入れる。
3反復投与活性炭(MDAC)― 効くのは8薬物だけ
単回とは別物。腸肝循環と“腸管透析”(腸から血中へ戻る薬を腸で捕まえ続ける)を狙う。だが効く薬は限られる。
MDACが推奨される8薬物(CTRC 2026)
カルバマゼピン/強心配糖体/コルヒチン/ダプソン/フェノバルビタール/フェニトイン/タリウム/テオフィリン。
※ 旧AACT時代の語呂に入っていたキニーネは、CTRC 2026の8剤には含まれない。
用量は、初回は単回と同量、以後4時間ごとに同量、または2時間ごとに半量。蠕動が保たれていること(イレウスでない)が前提。
4全腸洗浄(WBI)― 限られた状況で
AACT/EAPCCT(2015)は、WBIもルーチンには行わないとしつつ、次の状況で考慮する。
| 徐放性・腸溶性製剤 | 溶けながらゆっくり吸収される。活性炭だけでは追いきれない |
| 鉄・リチウム・カリウムなどの金属類 | 活性炭に吸着されず、致死的で代替が乏しい |
| body packer | 薬物を包んで飲み込んだ運び屋 |
薬剤はPEG電解質液を、成人1.5〜2 L/時で排液が澄むまで(この流量は手技上の目安)。禁忌は腸閉塞・穿孔・イレウス、血行動態不安定、気道が守れない例。
日本では
PEG製剤(ニフレック・モビプレップ等)は潤沢だが、効能は大腸内視鏡・手術の前処置に限られ、中毒の全腸洗浄は適応外(オフラベル)。穿孔・腸閉塞の緊急安全性情報が出ており、漫然使用は不可。
5尿アルカリ化 ― サリチル酸が第一の適応
弱酸性の薬物を尿でイオン化し、再吸収を防いで排泄を促す。AACT/EAPCCT(2004)は、透析基準に達しない中等症のサリチル酸中毒を第一の適応とする。ほかにクロロフェノキシ系除草剤、フェノバル(ただし2nd。MDACの方が優れる)、メトトレキサート(限定的)。
最大の落とし穴は低カリウム血症
目標は尿pH 7.5〜8.5。だがカリウムが低いと尿はアルカリ化しない。Kを補正しながら行う。
日本では
炭酸水素ナトリウム(メイロン8.4%)は、添付文書の効能に「薬物中毒における排泄促進(尿のアルカリ化による)」と明記=適応内。国内で正面から行える。
6血液浄化 ― 効くのは限られた物質だけ
EXTRIP(体外循環による中毒治療の国際勧告)は、「体外循環が効く中毒はごく一部」と物質別に整理した。透析性の芯は低分子・低蛋白結合・小さい分布容積である。
| サリチル酸 | 重症(高値・意識障害・低酸素・標準治療で改善しない・pH低下)。HD第一選択 |
| リチウム | 腎障害があり4.0 mEq/L超、または意識障害・痙攣・致死的不整脈。中止後のリバウンドに注意 |
| メタノール/EG | 昏睡・視力障害・高度アシドーシス・アニオンギャップ開大。フォメピゾールがあれば透析の必要が減る |
| メトホルミン(MALA) | 乳酸>20 or pH≦7.0で推奨。HD(重炭酸緩衝) |
| バルプロ酸 | 高値・ショック・脳浮腫。高濃度で蛋白結合が飽和し透析性が上がる |
| テオフィリン | 急性100 mg/L超・慢性60 mg/L超、痙攣・致死的不整脈・ショック |
血液浄化が効かない代表 ― ジゴキシンと三環系
ジゴキシン・三環系(TCA)は抜けない。いずれも分布容積が大きく(+TCAは蛋白結合も高く)、血中をいくら回しても組織に逃げている。ジゴキシンはFab、TCAは炭酸水素Naと支持療法で対応する。
図3:日本と国際の温度差(胃洗浄・DHP)
日本の温度差 ②:DHP(直接血液灌流)
日本では活性炭カラムによる直接血液灌流(DHP)が、診療報酬 J041「吸着式血液浄化法」2,000点として“薬物中毒”に正面から算定でき、広く使われてきた蓄積がある。国際(EXTRIP)が血液浄化を限定推奨し、多くでHDを第一・血液灌流を劣後とするのとの温度差である。
※「日本のDHPは効果不十分なのに多用」という価値判断までは断定しない。「制度上できる」と「国際的に推奨される」は別、という構造の差として押さえる。低分子・水溶性(リチウム・メタノール/EG・サリチル酸・バルプロ酸等)にHD/CHDFを使う点は、EXTRIPと日本の実務が一致する。
7物質別 早見表 ― 何が効くか
物質から、単回活性炭・反復(MDAC)・尿アルカリ化・血液浄化のどれが効くかを引けるようにした。◎=第一/有効、○=適応あり、△=限定的、×=効かない。
| 物質 | 単回活性炭 | 反復MDAC | 尿アルカリ化 | 血液浄化 | 一言 |
|---|---|---|---|---|---|
| サリチル酸 | ○ | △ | ◎ | ◎ | 尿pH 7.5〜8.5、K補正。重症はHD |
| フェノバルビタール | ○ | ◎ | △ | ○ | MDACが軸。尿アルカリ化は2nd |
| テオフィリン | ○ | ◎ | × | ◎ | 高値でMDAC+HD |
| カルバマゼピン | ○ | ◎ | × | △ | 難治でHD。MDAC併用継続 |
| バルプロ酸 | ○ | × | × | ◎ | 高濃度で蛋白結合が飽和し透析性↑ |
| リチウム | × | × | × | ◎ | 吸着されず。中止後リバウンド注意 |
| メタノール/EG | × | × | × | ◎ | フォメピゾール+HD |
| メトホルミン(MALA) | × | × | × | ◎ | HD+重炭酸 |
| 鉄・金属 | × | × | × | △ | 吸着されず。WBIを考慮 |
| ジゴキシン | ○ | ○ | × | × | 抜けない。Fabが本命 |
| 三環系(TCA) | ○ | × | × | × | 抜けない。NaHCO₃・支持療法 |
※ 除染・排泄促進は、支持療法と拮抗薬(第3回)の上に乗せるもの。まず気道・呼吸・循環と、効く拮抗薬があるかを先に決める。
8やりがちな失敗とTake home
| 1 「1時間過ぎたから活性炭は無意味」と切る | 個別評価で6時間が目安。吸収が続くならそれ以降も(CTRC 2026)。 |
| 2 経口中毒に反射的に胃洗浄 | 非ルーチン。日本中毒学会自身が9割超の多用を是正すべきと言う。 |
| 3 鉄・リチウム・アルコールに活性炭を入れる | 吸着されない。WBIやHDを考える。 |
| 4 尿アルカリ化でカリウムを見ない | 低Kだと尿はアルカリ化しない。まずK補正。 |
| 5 ジゴキシン・三環系を血液浄化で抜こうとする | 抜けない。FabとNaHCO₃・支持療法へ。 |
| 6 MDACをどの薬にも回す | 効くのは8薬物だけ。 |
Take home
- 活性炭は「1時間ルール」を捨てた。個別評価で6時間を目安に、状況次第でそれ以降
- 吸着されない代表(鉄・リチウム・金属・アルコール・メトホルミン)を覚える
- MDACは8薬物、尿アルカリ化はサリチル酸が第一、血液浄化は限られた物質だけ
- 日本の2つの温度差 ― 胃洗浄の多用(学会も是正を)とDHPの広い使用(EXTRIPは限定)
これで中毒シリーズは、総論(第1〜3回)と各論(第4回toxidrome・第5回除染)がそろった。原因物質から拮抗薬を引く早見表は第3回、物質から除染・排泄促進を引く早見表はこの回にある。当直の机に、この2枚を。
参考文献
- Hoegberg LCG, Gosselin S, Buckley NA, et al. Recommendations from the Clinical Toxicology Recommendations Collaborative on the administration of activated charcoal in acute oral overdose. Clin Toxicol (Phila). 2026. DOI: 10.1080/15563650.2025.2609807. PMID: 41906697.
- Benson BE, Hoppu K, Troutman WG, et al. Position paper update: gastric lavage for gastrointestinal decontamination. Clin Toxicol (Phila). 2013;51(3):140-146.
- Thanacoody R, Caravati EM, Troutman B, et al. Position paper update: whole bowel irrigation for gastrointestinal decontamination of overdose patients. Clin Toxicol (Phila). 2015;53(1):5-12.
- Proudfoot AT, Krenzelok EP, Vale JA. Position Paper on urine alkalinization. J Toxicol Clin Toxicol. 2004;42(1):1-26.
- EXTRIP Workgroup. Recommendations(salicylate, lithium, methanol, ethylene glycol, metformin, valproic acid, theophylline, carbamazepine, digoxin, tricyclic antidepressants). https://www.extrip-workgroup.org
- 日本中毒学会. 急性中毒の標準治療「消化管除染」(胃洗浄の適応と国内多用への言及).
- 医薬品医療機器総合機構(PMDA)/各電子添文(薬用炭、炭酸水素ナトリウム=メイロン、ポリエチレングリコール製剤).
- 診療報酬点数 J041 吸着式血液浄化法(薬物中毒・肝性昏睡に算定).
急性薬物中毒シリーズ
- 急性薬物中毒①初期対応
- 急性薬物中毒②診断
- 急性薬物中毒③拮抗薬、治療薬
- 急性薬物中毒④ーtoxidrome
- 急性薬物中毒⑤ー消化管除染(この記事)
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